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新型コロナウイルスの収束後、ファッション界はどう変わる――?未だ先が見えない状況だが、奥底にはパラダイムシフトの萌芽も見え始めている。かつてない困難からの気付きや価値観の変化に目を向け、これからのファッションを考える特別寄稿連載「コロナ後」。
4人目は、コム デ ギャルソンを経て、国内外のブランドプロデュースやファッションと現代アートをつなぐプロジェクト、評論・執筆活動などを行っているクラインシュタイン代表の小石祐介氏。過去から10年以上先の未来まで、長期的な視点でファッションとパンデミックの関係を俯瞰する。
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感染症とファッション
17世紀に数学者・哲学者のブレーズ・パスカル(1623―1662)は「すべての人間の不幸は、部屋に一人で静かに座っていられないことに由来している。」という言葉を残している (注1)。現在、世界各国に蔓延した新型コロナウイルスは、まさに人の移動によって伝搬され、我々の生活様式を一転させた。現在は経済に大きな余波を与えている。
感染症は社会の動きがグローバル化することで起きる厄災である (注2)。そしてこの歴史はファッションと無縁ではない。世界人口の約20%が命を落としたと言われる14世紀のペスト(黒死病)は、古来から現在に至るまでラグジュアリーファッションには欠かせない「シルク」の交易で「中国―中東―欧州」を陸路で結んだ、シルクロードを通して伝染したと言われる。
コルセットから女性を開放したということで有名なクチュリエのポール・ポワレ(1879―1944)も100年前に猛威を奮ったスペイン風邪で家族を亡くしている 。スペイン風邪は世界人口の約30%が感染し、4000万人から1億人が命を落としたと言われる。スペイン風邪と言われているもの、実際は第一次大戦の際に米兵が欧州遠征でヨーロッパへ移動したことで拡散されたという説が一般的である (注3)。このパンデミックの終息には約3年を要したと言われている。
ポワレと同時期にパリで活躍した、マドレーヌ・ヴィオネ(1876―1975)(注4)も無縁ではなかったはずだ。彼女のメゾンはチュイルリー公園前のリヴォリ通り沿いの、現在ガリアーニ書店のある区画にあったそうだ。このエリアはファッションウィーク中に歩いたことのある人も多いだろう。1912年、彼女は36歳の時に独立したものの2年後に勃発した第一次世界大戦で閉店を余儀なくされた上に、戦中にはスペイン風邪のパンデミックに巻き込まれた。メゾンの再開は閉店から5年後の1919年だった。そしてその20年後には第二次世界大戦で再度休業し、戦後もメゾンを再開することは無かった。「やれやれ」を通り越して「冗談じゃない」という気分だったのではないだろうか。感染症とファッションを合わせて考えたことは無かったが、こうして歴史を振り返ると図録や美術館を眺めるだけでは浮かび上がってこない、デザイナーの姿について思うことがある。
注2) 15世紀には中南米でアステカ帝国とインカ帝国が滅亡するが、これは侵略者であったスペイン軍が欧州から天然痘などの伝染病が持ち込んだことによるパンデミックで社会が崩壊したことが滅亡のスピードを早めたとされているジャレド・ダイアモンドによる『銃・病原菌・鉄』(1977)はアジアに住む人々にとって、特に今読むべき書になったと思う。
注3) スペイン風邪は日本でも猛威を奮い、国内の感染者は2300万人、皇族を含め38万人が命を落とした。当時の日本人口が5500万人程度だったことを思うと悲惨な状況が想像できると思う。この時、欧州では画家のエゴン・シーレ、グスタフ・クリムトが亡くなった。国立感染症研究所のデータには当時のデータが記載されている。http://idsc.nih.go.jp/disease/influenza/pandemic/QA02.html
注4) ヴィオネとポワレに関する言及のある良いまとめ。全盛期にあったポワレだったが第一次大戦後とスペイン風邪に見舞われた後、メゾンは衰退する。
- Madeleine Vionnet, master in manipulating fabric https://agnautacouture.com/2013/05/12/madeleine-vionnet-master-in-manipulating-fabric/
- Madeleine Vionnet (1876-1975) Business of Fashion https://www.businessoffashion.com/articles/education/madeleine-vionnet-1876-1975
中国と新興国の台頭に支えられたファッション市場
6月から始まるメンズのファッションウィークは中止となり、サプライチェーンとセールスの仕組みは現在、抜本的改革に迫られている。9月の再開も約束されているとはいい難く、たとえ再開したとしてもどの程度の集客があるかは未知数だ。各企業は試行錯誤を試みている最中だが、すぐに受けたダメージを回復することは難しい。各国が街を封鎖、また国境を封鎖したことによりインバウンド消費が消えたことも大きな打撃となっている。特に2010年以降、ラグジュアリー、ハイエンドのファッションは中国の消費者による強力な購買力で支えられていたからである。
コロナウィルスの以前、2002年にも中国国内でSARSによる感染症が発生したが、現在のような経済危機は起きなかった。その理由としては発生源だった中国において、まだ人の出入りが少なかったことが挙げられる。その当時、中国の人々にとって海外旅行はまだ開かれたものではなかった。日本への観光目的の海外旅行が解禁されたのは2000年で、その当時でも自由な渡航は北京市、上海市、広東省の人々に限定されていた。その後、徐々に渡航可能な地域が増えていく。欧州諸国へは2004年、米国へは2008年に政府によって解禁された (注5)。自由な渡航が可能になってから急速に出国者数は伸び、2017年には人口の10%に及ぶ1億3000万人が私的な旅行で海外旅行をしている。数字だけ眺めても実感がないが、これは日本国内の人口全てが毎年世界各地へ海外旅行をしているのと同じ規模と考えると、驚異的スケールということがわかると思う。周知の通り、これは中国の経済成長を背景にして伸長した数字である。世界銀行のデータによれば、 中国の2002年当時のGDPは1.47兆米国ドルで日本の約3分の1の経済規模だったが、2018年には13.6兆米国ドルに達し、約16年の間に9倍以上の成長を遂げ世界2位の経済規模の国となっている (注6)。
2020年1月のメンズのファッションウィークでロンドンとパリを訪れると、あちこちに簡体字の「新年快乐」や「Happy Lunar New Year」という言葉が書かれたディスプレイが掲げられていた。10年前はほとんど意識されていなかった旧正月の飾りや、干支をフィーチャーしたプロダクトが各国のブランドによって店頭に並べられているのである。これは中国人観光客の圧倒的な購買力によっていかにファッションのマーケットが支えられていたかを物語っている。
2010年以降のファッショントレンド、プロダクトデザインとビジュアルメイキング、マーケティングの方向性は明白に極東と中東のマネーに誘引されてきた。海外メゾンを束ねるLVMHは、2002年から2020年にかけて株価は7倍、売上は1.5兆円から6兆円と4倍に成長している。特に2010年から2020年にかけては一気に成長スピードを上げており、無論のことアジアでの伸び率は特筆するべきものがある (注7)。
注6) 世界銀行のデータバンクでは1960年から2018年までのデータが閲覧可能である。ちなみにアメリカは2002年時点で10.93兆ドル、2018年時点で20.5兆ドルに達し、16年の間に約2倍の成長を遂げているが、これは平均すると年ベースで約4%の成長を続けてきたことを意味している。日本に関して言えば2002年時点で4.88兆ドル、2018年には4.97兆ドルで、成長率は16年かけて1.8%と貧弱な結果になっている。2002年には日本もまだ米国の半分の経済規模があったが、今は四分の一になってしまったというのは一つ注目しておくべきポイントだと思う。https://data.worldbank.org/indicator/NY.GDP.MKTP.CD?locations=JP
注7) LVMHのアニュアルレポートは高価格帯のファッション消費の流れを掴む上で非常に参考になる資料である。 - 2002年についてのレポート https://www.lvmh.com/news-documents/press-releases/excellent-year-for-lvmh-in-2002-operating-income-29-cash-flow-from-operations-65-objective-of-new-growth-in-2003/
中央集権化するグローバルネットワーク
今回のパンデミックにより、社会の分断が起きることを警戒する意見もあるが (注8)、経済的合理性を考えればそれは結局、杞憂に終わるのではないかと思う。長年かけて世界に広がり続けてきたファッションと経済の仕組みは、今回の一件で崩壊というよりむしろアップデートをするのではないだろうか。我々の最も危惧するべきことは、国境を超えたつながりを持つ者と持たざる者の格差がより広がることだと思う。
国を超えてでも人がわざわざ集まる場所、遠出してようやく手に取ることのできるモノの周りには国境を超えた新しい連帯を偶然の力で引き寄せることができる。長い間、移動することで愚直に積み上げられた信用と経験は、新規参入者がオンラインマーケットと遠隔のミーティングだけで築き上げることは容易ではない。実際、この2、3年ほどの間、オンラインに限定して活動していたブランドやメディアが実店舗や紙媒体を発行するなど、場所やモノを作り出していたことを知っている人も多いと思う。これはリアルな場を通して生まれる、繋がりの価値を再認識するサイクルに社会が入りつつあったからではないかと思う。
インターネットによって、情報はあらゆる場所からアクセス可能になり、ランウェイの様子から、新商品の展開、人の関係性までリアルタイムで調べられるようになった。それに伴い、物事の価値はそこに関わる人や組織の社会的影響力の大きさで量られるようになってきたのが近年の傾向である。インターネットの発展を経て我々が知ったのは、オンライン上の繋がりは物理的な人とモノの繋がりの価値を増幅させるのであって、打ち消すものではないという事実である。まずはそこに人やモノが無くてはならない。
現在のように人の移動が困難になれば、人々はこれまで蓄えた人的なネットワークを起点に仕事をせざるを得ない。多くの企業や人が、既に築き上げた信用のもとで拡大をしていくとすると、既に社会的影響力と信用を蓄えたグローバル企業により力が集中する可能性が高い。今後はより一層、中央集権的な形でグローバル化が進む可能性があるのだ。
空前の買い場が訪れている
規模で言えば、最も大きなダメージを受けたのは世界各地に拠点を持つグローバル企業だが、回復が早いのも国際的なネットワークを築き上げているグローバル企業になるだろう。実際、既に第一波の感染拡大を乗り越えた台湾、中国、香港、そして韓国では次のシーズンを見据えた新しい企画の動きが始まっている。そして、その回復の兆候にいち早く便乗しているのは現地に店舗や関係性を有しているグローバル企業だ。オンラインだけではなく、需要を各地のリアルな場所ですぐ回収できる企業は、時と共に少しずつ修正軌道に戻りつつある (注9)。
近年のファッションの世界では、シリコンバレーのスタートアップとGAFAの関係性と同様、事業を投資会社や大企業に売却しエグジットすることが一つのマイルストーンとなる傾向が続いていた。2010年以降のハイエンドのファッション領域ではLVMHとKERINGを代表とする国際資本が、M&Aと自社傘下の企業とのシナジーを利用して、俯瞰的な視点で「マクロなファッションデザイン」を行ってトレンドを作り出してきたからである(この点については、2019年の4月に『平成の終わりと令和の始まりーー"コンテンポラリー・ファッション"と"マクロなファッションデザイン"の誕生』で言及した (注10))。
力のある資本は更に強力になるのが資本主義社会の特性であり、皮肉なことに今回のパンデミックによってグローバルの資本主義はスローダウンというよりもむしろ、一定の調整期間を経て、形を変えながら中央集権的に成長をより加速させていく (注11)。余力のある資本家にとって、パンデミックによる経済混乱で企業やブランドの資産価値が激減した現在は、空前の「買い場」となっている。今回の件でキャッシュを急激に失った企業の中でもブランド価値のあるものは、今後1、2年の間にグローバル資本に次々と合併、吸収されるだろう。
今後のファッションウィークやシーズンサイクルの動きも、この機会に集権的に力を蓄えたプレイヤーの動きにつられて流れが一気に決まるだろう。
注10) 現代ファッションの動きは2017年のコムデギャルソンによるMETでの展示を一つの区切りとして、現代ファッションは一つの章を終えて、次の展開に移行しつつあることに言及した。『平成の終わりと令和の始まりーー"コンテンポラリー・ファッション"と"マクロなファッションデザイン"の誕生』https://www.fashionsnap.com/article/koishi-2019aw/
注11) 実際に、Apple社はこの期に買収案件を昨年より速いペースで増やしているようだ。また価値が暴落した企業を中国資本が狙っているというニュースも昨今話題になっている。
- Techcrunch https://news.crunchbase.com/news/apples-2020-buying-spree-tech-giant-reportedly-acquiring-nextvr-for-about-100m/
- Foreign Policy https://foreignpolicy.com/2020/04/15/china-is-bargain-hunting-and-western-security-is-at-risk/
長い射程の時間で行動すること
「今この瞬間」にフォーカスし、際限なく加速するファッションの仕組みに対し、どこかで消化不良を抱いていた人も多いと思う。リセットを望む声も多いが、残酷なことにグローバル資本主義は「そろそろとゆっくり下る」ことを可能にするブレーキは備わっていない。下るときは人の恐怖と不安のエネルギーによって駆動され、「スローダウンという名のついた急降下」しかありえない仕組みなのだ。
およそ100年前、災厄によって5年の休業を強いられたマドレーヌ・ヴィオネの時代と簡単に比較することはできないが、社会はリセットしないことは歴史が証明している。社会はパンデミックと戦争で破壊されても、リセットというよりもむしろ壊れたままでアップデートをし、動き続けていたからである。彼女に今のファッションの状況を見せたら何を語るだろうか。ただ「まずは生き残れ」と、もしかしたら言われるかもしれない。
余談だが、世界中がパンデミックに苦しんでいる最中、30年以上解決されなかった「ABC予想」という整数論の問題が、望月新一という日本の数学者の新しい理論によって解決されたというニュースが話題だ。論文が発表されてから8年以上の検証を経て認められた、斬新な理論のため理解にはまだ10年単位の時間を要するそうだ (注12)。
経済は人の欲望と夢を駆動させることで動いている。人の欲望と夢に作用し、人間社会のダイナミクスを作ることはファッションが最も得意とする領域だと考え、私はこの世界で仕事をしている。「今この瞬間」、まずは生き残ることに集中しながら、今後に向けて数ヶ月―数年という射程から、10年単位の射程を見据えて仕事に取り組む機会が訪れていると思う。人の時間は有限だが、生き残りさえすれば我々は動くことができるのだ。社会は我々の外にあるのではなく、我々自体が社会の一部なのである。
英語版(ENGLISH):KLEINSTEIN公式サイト - FASHION AND PANDEMICS - LIVING IN A WORLD THAT NEVER ENDS
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株式会社クラインシュタイン代表。東京大学工学部卒業後、コム デ ギャルソンを経て、現在は国内外のブランドのプロデュースやリブランディング、デザイン、コンサルティングなどを行う株式会社クラインシュタインを設立。2017年よりスロバキア発のスニーカーブランドNOVESTA(novesta.jp)のディレクターを務める。また、現代アートとファッションをつなぐプロジェクトやキュレーション、アーティストとしての創作、評論・執筆活動を行っている。kleinstein.com
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April 22, 2020 at 06:50PM
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