『男らしさの終焉』の著者、グレイソン・ペリー。「ヴァニティ、アイデンティティ、セクシュアリティ」というタイトルがつけられた、2018年の個展にて。彼はアーティストであり、異性装者でもある。
メンズファッションをめぐる社会的に構築されたジェンダー観を切り崩す試みは、1980年代にジャン=ポール・ゴルチエがメンズスカートを提案して以降、ことあるごとに展開されてきた。しかしながら特に2010年代以降の潮流は、社会全体でジェンダーの多様性への理解が進むなかで、ひとつのブランド、ひとりのデザイナーの挑戦という枠を超えて立ち現れているように思える。このアプローチのひとつに、クレア・ワイト・ケラーのジバンシィのように今までウィメンズ的とされてきた素材やプリント、シルエットをメンズウェアに取り入れ、官能的な美しさを持ち込むような試みがある。また、メンズ/ウィメンズという境界自体を切り崩していくような動きもあるだろう。いわゆるジェンダーフリー、エイジェンダー(agender)と呼ばれるスタイルの提案だ。この方向性はアレッサンドロ・ミケーレによって注目が高まって以降、追随するブランドが増えてきている。
その一方で、これは単にファッションの解放という楽観的視点からだけでは語ることができそうにないと思う。なぜなら、これまでのメンズファッションを規定していたマスキュリニティ─つまり、装飾性を削ぎ落とした禁欲さ、過剰すぎない遊び心の難解さといったものは、近代における男性中心の、そして西洋中心の社会構造と表裏一体にあるものだからだ。
イギリスのアーティストであるグレイソン・ペリーは著書『男らしさの終焉』のなかで、個人の意識や努力とは無関係に特権を得られる男性を"デフォルトマン"と呼び、歪な社会構造を説いた。男性/白人に生まれたことで、女性/有色人種が諦めざるを得なかったことができるというのだ。一方で、デフォルトマンであることは「男性とは斯くあるべき」という規範を伴うため、彼ら自身を苦しめる原因にもなっているのだという。
ファッションをめぐるマスキュリニティはまさに、この近代社会のポリティクスそのものだ。今日に至る男性服は、社会の一員であることを表明するため、また社会的な信頼を勝ち得るために禁欲的で均質なものへと変化してきた。反対に、そこで剥ぎ取られた装飾性は、家督である男性の豊かさを体現するために女性と結びつけられた。さらには非西欧圏の近代化は洋服の受容を伴い、特にスーツが象徴的な役割を果たしたように、これはジェンダー格差だけではなく、「西欧-対-非西欧」の不均衡とも繋がっている。このような歴史的背景は、産業構造から個人の肌感覚にまで浸透し、こびりついている。
それゆえファッションにおけるマスキュリニティの再解釈は、禁欲からの解放だけではなく、同時に排除、抑圧してきたものとの対峙としても読み解いていかねばならない。だからこそ今、マスキュリニティの再解釈を推し進める立役者として女性デザイナーが注目されているのは象徴的だし、必然なのかもしれない。その一方で、この試みを女性たちの挑戦として括ることで矮小化しないようにも気を配らねばならない。たとえばアフリカ系ルーツのアイデンティティを探究するウェールズ・ボナー、アジア男性のジェンダー観を表現するグン・ヘオのように、これは人種やエスニシティといった文化的多様性とも共闘しているからだ。彼女たちが登場する以前、2013年に歴史上初のユニセックスのオートクチュールコレクションを発表したラッド・ハウラニについても特記すべきだろう。また、昨今ではストリートファッションが主流化してハイ/ロウの境界が更新されていることも、ジェンダーフリーの潮流を加速させている。この多様性をめぐる大きな動きのなかでこそ、一時的な流行で終わらない、マスキュリニティの再解釈が推し進められていくのではないだろうか。
藤嶋陽子 (ふじしま ようこ)
株式会社ZOZOテクノロジーズ所属。東京大学文学部卒業後、ロンドン芸術大学セントラルセントマーチンズにてファッションデザインを学ぶ。2016年東京大学学際情報学府修士課程修了。現在、博士課程在籍、理化学研究所革新知能統合研究センターのパートタイム研究員兼務。2019年ZOZO研究所入所。専門は文化社会学、ファッション研究。
参考文献
グレイソン・ペリー『男らしさの終焉』小磯洋光訳、フィルムアート社、2019年
写真・Chesnot / Getty Images
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November 18, 2020 at 06:00AM
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